静かな日



 土方と山南。

 芹沢は容保候との謁見を終えて一歩前を行くふたりの背中を眺め、小さく舌打ちした。
(ふたりいるのが面倒くさい)
 芹沢とてバカではない。浪士組が二手に分かれたままいつまでも、という訳にいかないのは重々承知だ。
(近藤はいい)
 奴はまだ容保に引き留められている。芹沢も残るよう言われたのだが、面倒なので押しつけてきた。近藤はいい。骨がある。それに自分をかっている。気性も穏やかだ。全く問題ない。近藤ひとりなら適当にお互いを立てつつ、京で好き放題やっていける。
(副長が邪魔だ)
 骨でいや小骨だ。食い辛い。そのくせしぶとい。下手すりゃ喉を突き破る。組織を揺さぶるのはいつだって二番手だ。二番手で大将の器の値が変わる。大昔からそう決まっている。
(どっちが危ねえかな)
 土方は気性が荒いし、山南は弁が立つ。土方は近藤の昔馴染みで、山南は貴重な知識人。
 どちらも近藤に余計なことを吹き込み、どちらも近藤を動かす可能性はある。
 歩みの遅い芹沢を、ふたりが同時に振り向いた。土方は塀の上の猫でも見るように、山南は天気の具合でも見るように。わざとらしいほどに何の感情も窺えない。芹沢は感心して腕を組み直した。腹の知れなさはおんなじぐらいか。
「芹沢先生?」
「何か気がかりなことでも?」
「いんや」
「そうですか」
「そうですか」
 ふたりはまた同時に前に向き直った。
(…結託しやがったら手に負えない)
 それが一番怖いのだ。

「それはないでしょう」
 屯所に戻って尋ねると、新見は何を抜かすかと言わんばかりの呆れ口調でポンと言った。
「なんでない」
「あいつらは仲が悪い」
「バカかおまえは」
 主君にバカと言われた新見は、抗議の印にほんの少し眉を上げた。
「仲が悪いから手を組まねえという法はねえだろう。相方ってのは諸刃だよ。俺とおまえだってどんなに気にくわなかろうが目的が一致すればこそ、このようにがっしりと手を組む訳だ」
「…気にくわないのは先生だけだ」
 新見は右手をがっしり握られぶんぶん振られながらますます眉を顰めた。
「と、いちいち言わせるのもやめて欲しいもんですな」
「続けな」
「…それにね先生、そりゃ大人の理屈だ。奴らが好き嫌いとお仕事をすっぱり割り切れますかね。近藤見りゃ分かるでしょう、甘ちゃんもいいとこだ。山南はともかく土方がまた輪をかけて子供だ。蛇蝎のように山南を嫌ってる。あれで手が組めるなら仏と閻魔だって組むでしょうよ」
「ふむ」
「どっちが危ないかと言われりゃ土方」
「そうか?」
 新見は便所の使い方でも聞かれたような顔をした。
「…そうでしょう?」


「芹沢!! 後ろ!!」
 振り返ったところに白刃が降ってきた。
 芹沢は危うく飛んで避け、勢い余って突っ込んできた男の首の付け根を柄でしたたかに殴りつけた。
 今この俺様を呼び捨てやがったのはどこのどいつだ。どいつだも何も数で攻めてきた長州勢のおかげで浪士組はちりぢりで、この角には自分と、あとふたりしかいないようだが。
 ドンと芹沢に背中を合わせた土方は、この火のような男には珍しく、酷く場違いな口調で呟いた。
「…山南さん」
 もう半分向こうの辻へ駆け出していたもうひとりの副長は、ひゅっと刀を返しざまに「土方!」と怒鳴った。
「ぼけっとするな!生きてるなら走れ!」
 ぼけっと?走れ?
「…あんた今、呼び捨て」
 にしなかったかと土方が聞く暇はなかった。
「この非常時にいちいちさんだの気をつけてくださいだの呑気なこと喋ってられるか!!」

 数十分後。
 屯所まで引き上げた芹沢の部屋に、副長が揃って顔を出した。
「芹沢先生。先ほどはご無礼を致しました」
 山南がきちんと手をついて深々と頭を下げるのを、芹沢はまだちょっと驚いたまま眺めた。
「しかしあのような場では伝達は短く早くと心得ます。今後とも何卒ご容赦いただきたく」
「…ああ。いや。構わねえが」
 それよりおまえの横で目が点な土方は何だ。
「恐れ入ります。お怪我がなくて何よりでございました。警備は固めました故、今宵はゆっくりとお休みください。…それでは土方くん、我々は失礼しましょう。近藤さんにも報告しておかないと」
 土方はまだ山南を凝視している。
 何だその顔。その、なんだ。新見が俺見る時みてえな顔は。
「…土方くん。君が寝るにはまだ早い」
「…あ。おう。あ、では。お疲れさまでした芹沢先生」
 片方は再度深々と、片方はとってつけたように頭を下げ、山南の手がするすると障子を閉めた。
 パタン。
 目を障子に据えたまま、芹沢は袂を探って煙管を銜えた。


 …えれえことだ。



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