俺に泣く資格はない。 思いながらもたらたらと涙が零れる。 山南さんがいなくなったことが、悲しいとか、辛いとか、寂しいとか、それは、まだない。 ただ心臓がぎゅうっと縮んで、その窮屈さに泣ける。 微笑いながら逝く人間を初めて見た。 生きている時と同じ顔で死ぬ人間を初めて見た。 「斉藤」 障子にゆらりと影が映る。 多分こちらに繕う間をくれたのだろうが、斉藤は涙を流しっぱなしにしたまま、土方がそろそろと障子を開けるのを見ていた。涙を拭う発想や、それを隠す発想が、まだできない。真っ暗な部屋に月明かりで土方の顔はよく見えないが、少なくとも歪んではいない。 「泣いてんのか」 「…あんたは泣かないのか」 「泣いたよ」 綺麗な声だ。 「もう泣き終わった」 積み上がった布団に凭れていた斉藤は慌てて身を起こした。自分は何馬鹿なことを口にした。 「…すみません」 土方は障子を後ろ手で閉めると、すたすたと歩いてきてすぐそばに腰を下ろした。 斉藤は密かに狼狽した。こういう時に何を話せばいいのか分からない。話すのは苦手だ。自分の声も好きじゃない。何か口にするたびに相手を傷つけ困らせる。そんなつもりじゃないのに。山南さんもそうだった。何か言うたびもの凄く吃驚したみたいに目を丸くして、こっちを見て、ちょっと笑った。随分困らせた。きっと。 「泣くな」 「…すみません」 「山南が好きだったか」 「…分からない。憎かったこともあった。芹沢さんを殺した時にはあんたと一緒に憎んだ。でもいないよりはいたほうがよかった」 「山南はおまえが好きだった」 「…まさか」 「おまえが笑うと日がな1日いいものを見たとはしゃいでた。だから泣くな」 またぼろぼろと涙がでた。悲しい。山南がはしゃぐ、斉藤はそんな奇妙なものを見たことがなかったし、もう二度と見ることはない。でも土方は見たことがあって、自分が山南を思い出すときはいつも困った顔なのに、土方はきっとはしゃぐ山南や、いろんな山南を思い出すことができてしまって、一層悲しい。 「泣くなっつーのに」 「あんたが」 俺はあんたのことが悲しいんだ、土方さん。あんたに泣いてる。 俺は土方さんが悲しい。あんたたちはいつも隣にいた。お互いのことで怒ったり笑ったりしていた。手を組んで人を殺したり、手を掴んで引っ張り起こしたり、腹を切れといって腹を切ったりした。山南さんは逝って、土方さんが残って、泣いて、泣き終わってここにちょこんと座っている。行き場所がなくて彷徨いて、たまたま俺を見つけて、泣きやませようとしてここにいる。それが悲しい。 「聞いても、いいだろうか」 「ああ。何だ」 土方が着物の裾で頬をごしごし拭ってくれているせいで声がぶれる。誰かのされるがままになるのは嫌だったが、土方にならいい。 「あんた、たちは、何だった」 「斉藤、おまえの言うことはいつもよく分からねえよ。ガキじゃねえだろ。はっきり言え」 「…深かったんじゃないのか」 「寝てたかって意味ならそうだ」 土方はあっさり言った。恥ずかしいことでもないみたいだ。 「別にあれだ、単に溜まった時に俺が勝手にやってただけだ」 「無理矢理か」 「そういう時もあった」 「泣かせたか」 「そういう時もあった」 「じゃあ、あんたが泣いておあいこだ」 「ああそうだ。おあいこだ」 腕を引かれて頭をぎゅうっと抱かれた。 「だから泣くな」 山南も泣いた時にはこうされただろうか。抱かれて腕をさすられただろうか。 だったらいいな。だったらいい。 体温と腕の力が心地よくて何故だかますます泣けるけど、切なくて胸がつまるけど、きっとこうされた山南は幸せだった。 山南さん、俺は悲しい。 あんたの代わりに抱きしめられていることが、酷く悲しい。 斉藤はおそるおそる手を延ばして土方の背に触れた。 “見なかったことにしてくれないか” あんたの最期のお願いを、今あんたに返すことが、悲しい。 |