「源さん、俺の羽織、薄手の、ほら、紺の、朱がけ」
 朝食もぼちぼち終わろうという頃、あちこちでくつろぎ始めた幹部達の間をぬって、朝寝した土方が井上のところまで、ほとんど走ってきた。
「…朱がけ?」
「ほら袖、解れて、縫いもん纏めてやるって、急ぎのもんじゃねえから、朱はあれだ、縦糸の」
 沖田がぷっと音をたてて茶を噴いた。寝起きの土方は面白い。
「何でしたっけ?」
 井上も人が悪い。何を言いたいのか重々分かっているのに、土方の支離滅裂具合が面白くてわざと惚ける。
「だから羽織!が、綻びて!直してくれって預けてたのを今日着たい……んだができてるか」
 やっとあちこちで暖かく見守られていることに気付いて、土方は息を整えてどっかり腰を下ろした。
「はいはい。できております」
 井上は縫い物を纏めて収めていた行李を引き出した。
「はいどうぞ。総司と永倉さんにも足袋預かってましたな」
「悪いな」
 土方がやっと落ち着いて着物を羽織ろうとした途端、井上は「山南さんが縫ったんです」と言った。
「……あ?」
「全部山南さんが縫ったんです。何かついでがあったそうで、お任せしてしまいました」
 土方の顔がみるみる曇った。
「…待ておまえら。そんなもん履くな」
 今まさに足袋に足をつっこもうとしていた沖田と永倉は、怪訝そうに顔を上げた。
「縁起がわりい。あいつが死ぬ前に手にかけた縫い物なんぞ」
「えー土方さん、げんかつぎなんて今時はやりませんよ。いいじゃないですかぁ誰が縫おうと足袋は足袋」
「その通り。総長手づから繕ってくださったのだ。私は履く」
「死んだってしらねえぞ」
 吐き捨てた土方は肩から羽織をむしり取り、生地の縫い目に手をかけた。
「源さん、悪ぃが解くからやり直してくれ」
「そんなに乱暴にしたら生地まで破れます、ハサミを…」
 無理矢理糸を切ろうとした土方の手が空ぶった。
 するするっと何の抵抗もなく糸が解け、床にすとんと落ちた。
「……なんだこれは」
 しんと静まった広間は、一瞬の後、盛大に噴き出した沖田と永倉の笑い声で埋まった。
「優しいなあ山南さんは!土方さんが頭にきて解こうとした時に解きやすいようにしてくれてたんだ!」
「副長の短気はお見通しという訳だな。ちなみに私の足袋はそれは頑丈に止めてある」
「私のもですよ〜びくともしません」
 …ていうか嫌がらせだろうこれは。
 どう考えても嫌がらせだろうこれは!
「……の野郎」
「よかったですね土方さん、今のうちに気付いて!それ着て隊士の前でかっこつけて熱弁ふるってる間にするっと解けちゃったら末代までの恥ですよ」
「ああ鬼が赤鬼だ」
「うるっさい!いつまでも笑うな!!」
 井上まで俯いて肩を震わせている。
「…ひ、土方さん、ぬ、縫い直しましょうか」
「もういい!自分でやる!」
 まだひーひー言ってる3人に背を向けて土方は羽織をひっつかみ、どすどすと廊下に出た。慌てて拾い上げた縫い糸が指に絡まって鬱陶しい。

    袴じゃないだけありがたく思ってくださいよ。

 おまえもうるせえよ山南。
 いつまでも。

 

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