突然終わる。何事も。
 人生も、日常も、相棒すらも。
「…ルード」
「なんだ」
「何かが欲しい」
「漠然としすぎている」
 現在ソファの上で脱力している俺とデスクでカタカタやってるルードは、先程お上から呼び出され、タークスの実働No.1とNo.2のお墨付きを受けた。どっちが1かは知らないが俺だろう多分。すわ昇給かと喜んだ途端、それまではその都度適当に掻き集めて借りていた小隊を、各々に、正式に割り当てられた。つまり今後は余程の事がない限り、俺たちがふたり揃って同じ現場に出ることはなくなる。
「…あんたとの繋がりが」
 ルードは視線を画面に向けたまま、口の端を僅かに上げた。
「そんなに俺が好きだったのか」
「相棒が現場にいないと楽しくないぞ…というかいないと相棒じゃない…」
「今までも単独任務はあっただろう」
「ずっとだと話が別だぞ、と…」
 他の何が終わっても、相棒関係が終わるのはどっちかが死ぬ時だと思ってた。
 俺が受けたショックをルードがまったく受けていない、ように見えるのはあまり問題じゃない。こいつは自分の中で溢れた感情を処理できる。俺の分まで受け持ってくれる。現場で漏らした嗚咽も滾った血も全部。今までは。
「相棒だからで通ってたものが全部無くなるんだぞ、と。相棒だからあんたに何かあれば真っ先に俺に連絡が来たし、相棒だから病室にも優先的に入れて貰えたし、相棒だから会議にもどっちかが出れば許されて、相棒だから飲み屋のマスターがあんたのボトルを俺にホイホイ出して…」
「これからも同僚で友達には違いない」
 同僚。友達。
 口の中で転がした単語の味を「相棒」と比べたときの味気なさは驚くほどだ。ほぼ無味だ。
「あんたの同僚も友達も俺ひとりじゃねえだろ!」
 ルードが呆れたように俺を見た。
 ダメだ。何か欲しい。俺だけがルードの唯一無二だって肩書きが欲しい。他の誰にも渡したくない。離れてても繋がってる自信が欲しい。でないと俺は楽しめない。
「…正式にバディ制度があるわけじゃない。元々が自称だ、なんならそのまま相棒だと言い張っていろ」
「事実が伴ってねえと頭おかしい奴だろうが!とっくに別れたのにあいつは俺の女だと言い張る未練がましいストーカーか」
 ルードはぷっと噴き出した。事の重大さがまるで分かってないな相棒。ああ、いや、くそ。
「…こうなったら肉体関係でももつしかねえぞ、と」
「肉体関係?…たいしてレア感がないな」
「おいてめぇ何つった!そんなくそ真面目なツラして普段どんだけ食い散らかしてやがんだこの隠れヤリチンが」
「そう褒めるな。おまえこそ歩く公衆便所みたいなナリして人のこと言えるのか」
「殺す!もう殺して俺のものにする!」
「それこそレア感がないな」
 ルードの叩くキーの音はさっきから、妙に楽しげでリズミカルだ。
「なら付き合うか?恋人の肩書きは唯一で強力だ、社内で言いふらせば立派に公式になるぞ。俺は構わんが」
「あんたのことは気が狂いそうに好きだが恋愛なんて期間限定イベントは求めてねえ!」
「それは残念」
 相棒。相棒だやっぱり。どうしたら取り戻せる。
 ルードの隣で生きて死にたい、それだけのちっぽけな願いが叶わないなんておかしくないか。しかも仕事に勤しんで評価を上げてしまったばっかりに。ああ自分と、ついでにルードの有能さが恨めしい。勤務中の事故装って小隊を全滅させる以外に手はないのか。連中もそんなことで殺されたら星にも帰れねぇ。
「俺に従え」
「は?」
 俺は思わず辺りを見渡した。プレジデントの臨時社内放送でも流れたのかと思ったのだ。いやいやいくらアレでも演説冒頭からこの言い草は。
「…ルード?」
「おまえは仕事の手際は見事だが、実はどうしようもなく御し難い狂犬で、俺無しで保つ理性に限界がある。貴重な兵力を悪戯に咬み殺されない為にも、能力を最大限効率よく発揮させる為にも、おまえの手綱は扱いを心得た俺に終始引かせるべき」
「……」
「と上層部に直訴する。送信まであと10秒」
「ちょっと待て!!!」
 カタカタカタカタ何やってるのかと思えばこいつは!
 最短距離を全速で突っ切りデスクに飛び乗ってノーパソに伸ばした指の先ギリッギリに、轟音を立ててペーパーナイフが突き刺さった。
「遅い」
 …ヤバい。
 襟首引っ掴まれて引き寄せられた耳元で、いつもより数段優しいルードの声音。

「…俺が可愛い可愛い相棒の嘆きを指咥えて見てると思うのか?意外と気さくで面倒見のいいレノさんの評判が地に落ち、相棒の肩書きに俺の犬がプラスされ、夜の相手が俺か一部マニアしかいなくなるかもしれんがそれがどうした。俺の隣にいられるなら周囲の雑音もおまえのプライドも丸めて暇人の玩具にくれてやれ」

 …ルードは感情を処理できる。まあ、あくまで、大概は。
 長年俺の愚痴も弱音も受け持って淡々と焼却処分を繰り返してきた溶鉱炉が目の前で崩壊寸前だ。サングラス越しでも見惚れるほどの綺麗な炎が見える。
 俺の髪を撫でた指がそのまま水平移動して、ミサイル発射ボタンを押した。
「俺を盛大にフった見返りは受けろよ、相棒」
 あ、終わった。俺が。


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